コラム/2026.09.09

広島に来て、最初にやったのは営業ではなかった。

光が差し込む教会の椅子

広島に来て、最初にやったのは営業ではなかった。

2013年、大阪から広島に移り、デザイン会社として再出発しました。知り合いはひとりもいませんでした。そんなとき最初に声をかけてくれたのは、お客さんではなく、商工会の人でした。

宗教の勧誘だと思った

「デザインの会社をやっている人がいるらしい」。そんな噂を聞いた方の紹介で、高陽町商工会の青年部に入らないかと誘われました。正直に言うと、最初は宗教か何かの勧誘だと思いました。大阪にいた頃、商工会という言葉を聞いたことがなかったからです。

それでも入ったのは、知り合いも、友人も、仕事仲間もいなかったからです。仕事を取りに行くというより、人を知るための場所として悪くないかもしれない。そのくらいの気持ちでした。

何度か定例会に顔を出すうちに、見え方が変わっていきました。この地域で商売をさせてもらっている代わりに、地域に恩返しをする。そのために集まっている人たちでした。しかも、本気の友人同士に見えました。少し羨ましかったのを覚えています。

仕事ではなく、企画を持ち込んだ

あるとき「何か新しいことをやりたいけれど、何がいいだろう」という話になりました。企画を考えるのは、私の得意分野です。

当時、ファレル・ウィリアムスの「Happy」に合わせて街の人たちが踊る動画が、ロンドンやパリ、東京といった大都市で次々に作られていました。これを高陽町でやったら面白いのではないか。そう提案して、2か月ほどで撮り切りました。

もちろんボランティアです。ただ、動画の質だけは落としたくありませんでした。そこで大阪から知り合いのクリエイターを呼び、その実費だけは出してほしいとお願いしました。無償だからといって、中途半端なものを地域の名前で出すわけにはいかない。そこだけは譲りませんでした。

よそ者が、広島の輪に入るまで

周りからは「やりすぎだ」と言われました。私にはそんな感覚はなく、ただ楽しかっただけなのですが。

動画がYouTubeに公開されると、全国から「地元が懐かしい」というコメントが届きました。質の高さに触れてくれる声もありました。短い期間でやり切ったこと、そしてその結果を見て、周りの見方が変わったように思います。

大阪から来た当初は、よそ者だと言われた時期もありました。ただ、いったん輪の中に入ると、驚くほどよくしてくれる。広島はそういう土地だと感じています。

営業をして仕事を取ったわけではありません。得意なことを、仲間として差し出した。それが2015年のことで、この会社の広島での仕事は、ここから始まっています。

株式会社ASOVIVA
代表取締役 / アートディレクター
渡辺 哲司

関連記事:ASOVIVAという名前について私たちが考える、広告制作のこと

Contact

まずは、今の課題を
お聞かせください。

Webサイト、パンフレット、写真、動画、採用ツール、ブランディングなど、どこから相談してよいかわからない段階でもお気軽にご相談ください。